こんげつのほん

それぞれの本について思ったこと、考えたことは色々あるので、すこしずつ書いていこうと思う。頭の中にあるそういったものを文章に起こすメリットの一つに、そのことによって初めて、(思考やら感想やらの)全体像を把握できるようになるということがあると思うのだけど、今はそれがしたい。

ベルカ、吠えないのか?

ベルカ、吠えないのか?

ここには何も書かれていない。ただ、文章を査定するシステムの中で高得点をとることを目指して、実際に、「高得点」を与えられるような文章、小説を書くことのできる自分自身に酔いしれている古川日出男がいるだけだ。

すこしけなしすぎかな。僕も、最初の四分の一ぐらいまでは結構面白く読めていたんだけど。きっと「うわさのベーコン」のせいだろう。でも、困ったことに、上に挙げた評価を間違ったものだと僕は思っていない。

うわさのベーコン

うわさのベーコン

夜の公園

夜の公園

「私」が「私」に翻弄される。「私」が重層化して、「私」が一個の存在としてはっきりしない。そのことに「私」たちは気付いているらしく、主語としての「私」がなんだか頼りない。
やっぱり上手く言えないけど、それが川上さんの小説の魅力のひとつだということを最近思った。
そしてもう一つ、川上さんの小説を読んだほとんどの人が感じるであろう言葉の魅力。柴田元幸は、かつて、「川上弘美は翻訳できるか」という問いを立てた。答えは、「否!」だった。少なくとも英語には。その文章で柴田元幸が引いているのは「いとしい」の一部分。

「やや、それではついに僕もアルコール中毒というものになったのであるか」オトヒコくんはねずみのようなものに向かってつぶやきました。
「ちがう、このねずみじつざい。このねずみいるよ」ねずみのようなものは、落ちつきはらって答えます。
「それでは君は喋るねずみというわけか」
「ほんとはこのねずみ、ねずみでない。でもあなたたちがねずみとかんがえるものにいちばんちかいのでねずみとじしょうする」
「自称するわけですか。はあ」オトヒコくんは酒をくいくい飲みながら、ぼうとした声で答えました。だいぶ酔いは深いようでした。

僕は、こんな川上さんの文章が大好きなんだけど、今度読んだ「夜の公園」には、それがまったくなかった。意識的に避けたとしか思えない。どうしてなんだろう。先にあげた魅力もあるようなないような。「ほとんど、ただの恋愛小説じゃないか」などと思ってしまった。もちろん「ただの恋愛小説」にしては面白いのだけど。こういうときはどうしても、「作者の意図」みたいなものが気になってしまう。こまった。

阿修羅ガール (新潮文庫)

阿修羅ガール (新潮文庫)

漠然とした不安とか、出所のわからない恐怖とか、あるいは単に後悔とか。ぜんぜんわけわかんなかったり、どうしようもないものにとらわれると、ただそれを記述したくなる、というか、頭の中を空っぽにするのがいやで、ひたすら言葉を発し続けたくなる。その言葉に「意味」のある必要はない。
この「阿修羅ガール」という小説の主人公である、アイコはそんな状態で、アイコをそんな状態にしているのは「恋心」である。というようなことを考えた。
しかし、僕が面白く読めたのは第一部までで、それはどうしてかというと、第二部以降の物語が全て、「教訓」に回収されているように感じたからだ。
ティム・オブライエンの「本当の戦争の話をしよう」の中に以下のような文章がある。

本当の戦争の話というのはぜんぜん教訓的ではない。それは人間の徳性を良い方向に導かないし、高めもしない。かくあるべしという行動規範を示唆したりもしない。また人がそれまでやってきた行いをやめさせたりするようなこともない。もし教訓的に思える戦争の話があったら、それは信じないほうがいい。

これはもしかしたら「戦争の話」に限らないんじゃないか。「恋愛の話」も、「冒険の話」も、「日常の話」もみんなそうなんじゃないか。だとしたら、「何か」についての「話」である小説を読む・書くということはいったいなんなのか。何かを考えた気になるのはいいけれど、すぐに袋小路に追い込まれる。
舞城王太郎は、もっともっとすごい小説を書けるはずだ。僕は期待している。

タイムスリップ・コンビナート (文春文庫)

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村上春樹論集〈1〉 (Murakami Haruki study books (1))

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文芸時評という感想

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きれぎれ (文春文庫)

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パレード (幻冬舎文庫)

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田紳有楽・空気頭 (講談社文芸文庫)

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空飛び猫 (講談社文庫)

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プールサイド小景・静物 (新潮文庫)

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スローなブギにしてくれ (角川文庫)

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いちげんさん (集英社文庫)

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レヴィナスと愛の現象学

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鞦韆(ぶらんこ) (新潮文庫)

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つばめの来る日

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