ことばと魂と

ガラテイア2.2

ガラテイア2.2

彼女は存在しない。この世界の、この世界ではない、どこにも。それがどれほどの時間を共有し、言葉を、声を、物語を交換し合った相手だとしても。彼女が、彼を最も知るものであっても。彼は彼女に恋をする。彼は彼女の存在を信じ、それを証明しようと、さらに多くの言葉を費やす。しかし、彼女が存在しないことに気づき、それを証明したのは彼女自身だった。自己の不在証明。そして彼は、ついに存在し得なかった彼女から、書くことを赦された。いや、むしろ書かざるを得なくなったのだ、彼、リチャードは。リチャードは彼女から受け取ったのだ。それがつまり彼女の不在、不在の彼女、彼女の、それは、魂と呼ばれるものではなかったか。
高橋源一郎は常々、小説に対しては黙って新たな小説を差し出す以外にない、と述べているけれど、彼はこの作品に対してそれを実践した。それは彼の書いた小説のなかでも、最もすばらしいものの一つだといえるだろう。しかし、それでも、まだ足りない、十分ではないと感じるのだ。だからこそ、それはあくまで「オマージュ」にすぎず、彼はまったく別の小説を書き続けるのだろう。受け取った言葉は、物語は、そのまま私のうちに留めておくことが出来ない。そこには、人にとって本源的な贈与・交換・対称性に関する心的機制が関わっていると思うのだけど。