あんぱん

生きる歓び (角川文庫)

生きる歓び (角川文庫)

彼女はあんぱんの半分を口許へ運んで、そしてそれを一口齧った。
口の中には、不思議な味が広がった
その味が何かを確かめる前に、彼女は幸福だった。
目の前の梧桐の葉は大きく豊かで、匂うように美しかった。
それを確かめて、彼女は幸福だった。なんだか、それまでの一生が、全部夢になってしまいそうだった。

川上弘美の「ゆっくりとさよならをとなえる」のなかで保坂和志の「生きる歓び」と一緒に紹介されていて、気になっていたのだけど、読まずにいた。源一郎のエッセイ・批評で何度も名前を目にしていたせいか、図書館でふと思い出して借りてきた。「桃尻語訳 枕草子」の革命的な文章の断片から、同じように、ちょっと変わった小説だと予想していたのだけど、ふつうの小説だった。少なくとも、源一郎みたいにぶっ壊れたりはしなかった。でも、よかった。ちょっとだけ泣いた。
保坂和志

「生きている歓び」とか「生きている苦しみ」という言い方があるけれど、「生きることが歓び」なのだ。

という意味合いでの「生きる歓び」が、確かに、そこにはあった。
川上さんは、ふたつの「生きる歓び」についての文章を次のように終えている。

「生きる歓び」という題の本を次々に買ってしまう自分は、いったい何を求めているんだろう。小説だけでなく、自分の気持ちの読解も不得意なので、よくわからない。
生きることは歓びなのだろうか。ほんとうにそうなのだろうか。それも知らない。
そうだよ、生きることは歓びなんだよと、声をそろえて言ってしまいそうになる。でも、きちんと実感していないので、言わない。いつかしんじつ実感できるときがくるまで、大事に、とっておくことにする。

僕もそうしようかな、と思う。でも、それが僕のものではないにせよ、僕ははっきりと、橋本治の本を読んでいて「生きる歓び」を感じた。

ゆっくりさよならをとなえる (新潮文庫)

ゆっくりさよならをとなえる (新潮文庫)

全身からくつくつと「笑い」が沸きあがってくる。川上さん、好きです。
生きる歓び (新潮文庫)

生きる歓び (新潮文庫)

保坂初体験はこれだった。